1-24 鈴虫

サノマ「1-24 鈴虫」は、湿気と乾燥、熱気と涼しさの境目を、オークモス、シダー、サフラン、アイリスで描く香りです。夏の終わりの土や草の気配があり、虫の声が遠くなる夕方の静けさを思わせます。

#66 · 2025-07-24

çanoma / Suzumushi

香水の基本情報と第一印象

çanoma(サノマ)「1-24 鈴虫」は、2020年に始まったブランドの原点に近いオードトワレです。公式では、夏の終わり、残暑という言葉だけでは足りない蒸し暑さ、肌にまとわりつく湿った空気、その中をほんの刹那だけ通り抜ける乾いた風、そして嫌いだった夏が終わることへの寂しさとして語られます。香水名は『源氏物語』の帖に連なる源氏香之図とも結びつき、季節の移ろいを香りで読む作品です。

第一印象は、わかりやすい爽やかさではありません。ベルガモット、バジル、カルダモンが涼しさを開き、すぐにサフランやクローブの温度、オークモスの湿り、シダーウッドの乾きが重なります。ここにアイリスの粉っぽい懐かしさ、ミルラやラブダナムの樹脂、カカオの苦みが入る。オークモスとサフランが運ぶ夏の終わりの記憶が、この香水の中心です。

鈴虫が面白いのは、香りの中で相反するものが同時に存在することです。暑いのに涼しい。湿っているのに乾いている。お香のように静かなのに、どこか体温がある。万人受けのきれいな香りではありませんが、肌で時間をかけると、畳、夕方の庭、遠くの虫の音、少し寂しい風のような、言葉にしづらい日本の季節感が立ち上がります。香水を「香料の足し算」ではなく、気候の記憶として読むと、鈴虫の輪郭はかなりはっきりします。

調香師・ブランドの背景と制作秘話

サノマは、渡辺裕太のディレクションと、フランス人調香師ジャン=ミッシェル・デュリエの技術から生まれたブランドです。ブランド名は、日常の空間である茶の間と、上質な嗜みとしての茶道、そこへフランス語の響きを重ねたものです。日本人が日常的に使いたくなる香水を、フランスの調香技術で作るという姿勢が根にあります。

1-24という数字は、“1”という種類の香りの24番目の試作品を意味します。鈴虫は、ブランドの中でも早い段階から構想され、夏の終わりに一瞬だけ通る乾いた風という、かなり繊細な感覚を香水へ移すために作られました。湿気をオークモス、乾燥をシダー、熱気をアンバー調とサフラン、涼しさをフゼア調で表すという考え方が、公式説明の核です。

この香りは、最初から大衆的にわかりやすい香水として作られたというより、サノマの思想を濃く示す一本です。源氏香之図、源氏物語の「鈴虫」、夏の終わりの寂しさ、フランス調香の構築力が重なり、単なる和風香水ではなく、季節の境目を肌で感じる香水になっています。ボトルや箱の情報まで含めて、香りを文学や所作へ接続する設計がある点も、このブランドらしさです。

香りの詳細分析

トップでは、ベルガモット、バジル、カルダモンが、湿った空気に通る一瞬の涼しい風を作ります。ベルガモットは短い柑橘の光、バジルは青いハーブの清涼感、カルダモンは冷たさと辛みを持つスパイスです。ここは明るいシトラスの香水ではなく、重い空気が一瞬だけ割れるような立ち上がりです。

ミドルでは、サフラン、クローブ、ヴァイオレットリーフ、ローズ、アイリスが、熱気と懐かしさを作ります。サフランとクローブは乾いた温度、ヴァイオレットリーフは青い影、ローズは人肌の気配、アイリスは粉っぽい記憶です。甘い花ではなく、夏が終わる前の複雑な感情を支える中心部です。

ラストでは、オークモス、シダーウッド、ミルラ、ラブダナム、カカオが、湿気と乾燥を同時に残します。オークモスは苔むした湿り、シダーウッドは乾いた木、ミルラとラブダナムは樹脂の静けさ、カカオは苦い影です。お香のようでいて寺院そのものではなく、夏の庭の空気が夜へ沈むような余韻です。

時間変化は、涼しい入口から温かいスパイスへ進み、最後にモスと木と樹脂へ沈みます。香りの強さより、温度と湿度の差を読む香水です。ムエットで一瞬嗅ぐより、肌で30分から1時間置いて、湿りと乾きがどう入れ替わるかを見る方が、この香水の良さがわかります。特にオークモスが肌で暗く出る人は、最初の渋さだけで判断せず、シダーと樹脂が乾いてくるところまで待つと、鈴虫らしい風景が見えます。

他の香水との比較・ポジショニング

Le Labo(ル ラボ)「Santal 33(サンタル33)」と比べると、どちらもウッディでドライな側面があります。ただ、サンタル33はサンダルウッドとレザーの都市的な乾きが前に出ます。鈴虫は、シダーウッドの乾きだけでなく、オークモスの湿りとサフランの熱気があり、日本の夏の終わりに近い湿度を持っています。

Aesop(イソップ)「Hwyl(ヒュイル)」と比べると、ヒュイルは森、ヒバ、苔、スモークの静けさへ寄ります。鈴虫にもお香や苔の気配はありますが、サフラン、クローブ、ラブダナム、カカオがあるため、もう少し熱と人肌があります。冷たい森ではなく、残暑の夕暮れです。

Comme des Garçons(コム デ ギャルソン)「Avignon(アヴィニョン)」のようなインセンス香と比べると、アヴィニョンは教会的で硬質な乳香が中心です。鈴虫は宗教空間の煙ではなく、源氏物語、虫の声、湿った庭、乾いた風へ寄ります。厳かさより、季節の境目の感情が前にあります。

つまり鈴虫は、ウッディ、スパイシー、インセンスのどれか一つに分類すると取りこぼす香水です。日本の気候、古典文学、ニッチフレグランスの構築力が交わる、サノマらしさをもっとも強く示す作品として位置づけられます。海外のウッディ香水が乾いた木材やレザーへ進むのに対し、鈴虫は湿った土を抱えたまま乾いた風へ移るため、香りの重心がまったく違います。

購入ガイド・価格・おすすめ度

公式オンラインストアでは、30mLが税込9,350円から確認できます。100mLサイズの展開もあり、取扱店ではNOSE SHOPやセレクトショップで試香できる場合があります。香水とは別に、1-24をベースにした「お香 1-26 鈴虫」も展開されており、香水とは少し違う形で世界観を楽しめます。

おすすめしやすいのは、オークモス、シダー、サフラン、クローブ、アイリス、樹脂、お香、畳、秋の気配が好きな人です。逆に、明るいシトラス、甘いフローラル、わかりやすい石けん系、強い拡散を求める人には難しく感じる可能性があります。最初に苦手でも、時間を置くと印象が変わるタイプです。

季節は、名前と物語どおり夏の終わりから秋が最も合います。雨の日、夕方、和装、黒や生成りの服、静かな会食、読書、散歩にも向きます。つける量は少なめで十分です。首元に強くつけるより、腹部や腰回り、服の内側に控えめに置くと、湿気と乾燥の揺れがきれいに出ます。湿度の高い日はモスとスパイスが強く出やすいので、屋外で長く過ごす日は半プッシュから始めるくらいが扱いやすいです。

実際の使用感・シーン・評判

評判では、「クセになる」「ノスタルジック」「お香のよう」「和装に合う」「最初は不思議だが後から好きになる」といった声が目立ちます。万人受けを狙う香水ではなく、香りを物語や季節として楽しむ人に刺さるタイプです。モスやスパイスが好きな人には、かなり魅力的に映ります。

一方で、最初のスパイスや湿ったモスの印象が、慣れていない人には難しく感じられることがあります。甘い香水や清潔感重視の香水に慣れていると、土っぽい、薬草っぽい、渋いと感じるかもしれません。購入前には必ず肌で試し、トップだけでなくラストの樹脂とモスまで待つのが大切です。

鈴虫の魅力は、香水を「いい匂い」だけで終わらせないところです。ベルガモットの短い光、バジルとカルダモンの風、サフランとクローブの熱、オークモスの湿り、シダーウッドの乾き。最後に残るのは、夏が終わる瞬間を少し寂しく受け止める、自分の中の静かな感覚です。

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