ヴォヤージュ ドゥ エルメス

冷たいレモンとジュニパーベリーから、ほろ苦いティー、乾いたシダーとムスクへ。未知の場所へ向かう気持ちを、軽やかな緊張感で描くオードトワレです。

#475 · 2026-09-06

Hermès / Voyage d'Hermès

香水の基本情報と第一印象

エルメスのヴォヤージュ ドゥ エルメスは、ジャン=クロード・エレナが2010年に調香したオードトワレです。男性、女性という枠を決めず、誰でも身に着けられる香りとして作られました。公式の分類はウッディでフレッシュ。爽やかさだけを強く押し出すのではなく、繊細さも大切にしています。

最初に感じやすいのは、レモンの明るい酸味と、ジュニパーベリーの冷たい芳香です。ジンのグラスへ添えた針葉樹を思わせる、すっと鼻を通る涼しさがあります。カルダモンを思わせる乾いたスパイスが甘さを抑え、軽い香りの中に細い緊張感を残します。

しばらくすると、お茶のほろ苦さと、葉をちぎったときの青い匂いが現れます。花の印象は濃く甘く広がらず、緑の角を少し柔らげる程度。最後はシダーの乾いた木とムスクの柔らかさが近づき、清潔で静かな余韻になります。

ヴォヤージュという名前が示す旅は、特定の国や都市の再現ではありません。発見、出会い、分かち合いへ向かう気持ちそのものが主題です。強く主張せず、移動する日の気分を軽く整える。そんなウッディシトラスです。

調香師・ブランドの背景と制作秘話

調香師のジャン=クロード・エレナは、2004年からエルメスの専属調香師を務めた人物です。香水を作るには物語と言葉が必要だと考え、自分を「香りの作家」と表現しました。素材をたくさん重ねて厚みを作るより、限られた要素からいくつもの連想を生むことを得意とします。

ヴォヤージュ ドゥ エルメスで目指したのは、「張りつめた香り」でした。具体的な土地、時代、男性像、女性像を描かず、まだ知らない場所から呼ばれる感覚を抽象的な香りにしています。明るさと陰、鋭さと柔らかさ、動き出す力と安らぎ。反対に見える要素を、軽い一つの香りに収めました。

エルメスの旅との関係は、1837年までさかのぼります。ティエリー・エルメスがパリで始めたのは、馬具と鞍の工房でした。人と荷物の移動を安全で使いやすくする道具が、メゾンの出発点です。以来、移動を支える職人の家として、旅を文化とものづくりの主題にしてきました。

2010年、その歴史が香水になりました。どこへ行くかを決めるのではなく、出発するときの気持ちへ焦点を合わせる。馬具工房から続く実用性と、エレナの抽象的な調香が、この一本で出会っています。

香りの詳細分析

香りはトップ、ミドル、ラストの三段階で紹介されています。トップはカルダモン、アマルフィレモン、スパイス、ジュニパーベリー。レモンが明るさを作り、ジュニパーベリーが冷たい芳香を加えます。カルダモンとスパイスは甘さを足さず、乾いた、ぴりっとした匂いを残します。

ミドルはティー、グリーンノート、フローラルノートです。レモンの光が少し落ち着くと、お茶を思わせるほろ苦さが前に出ます。葉の青さが空気を軽くし、淡い花の気配が硬さを和らげます。甘い花束へ向かうのではなく、涼しい緑が薄く続く感覚です。

ラストはウッディノート、ムスク、シダー。シダーは乾いた木の香りで、ムスクがその硬さを和らげます。最後に残るのは、温かく甘い木ではなく、さらりとした木と清潔な肌の距離感です。明るい銀色から淡い緑、乾いた薄茶色へ変わるような流れで、全体の温度は涼しく、重さは軽く保たれます。

広がりは控えめから中程度という声が中心です。持続は2〜3時間で肌に近づくという人もいれば、3〜5時間ほど感じる人もいます。強さを求めて一度に量を増やすより、まず普段の量で、最後のシダーとムスクが自分の肌にどう残るかを確かめる方が、この香りの性格をつかみやすいでしょう。

他の香水との比較・ポジショニング

同じエルメスのテール ドゥ エルメスは、明るい柑橘と乾いた木が共通します。ただ、テール ドゥ エルメスでは土、ミネラル、ベチバーがはっきり香ります。木の存在感をしっかり求めるならこちら。ヴォヤージュ ドゥ エルメスは、グリーンとムスクがもっと軽く肌に沿います。

ブルガリのオ・パフメ テ ヴェールは、透明なお茶、緑、シトラス、静かなムスクという軸で近い香りです。オ・パフメ テ ヴェールは、穏やかな緑茶の清潔感が中心。ヴォヤージュ ドゥ エルメスはジュニパーと乾いたスパイスが加わり、より冷たく、ぴりっと引き締まります。

ペンハリガンのジュニパー スリングとは、ジュニパーの冷涼感とジンを思わせる芳香が共通します。ジュニパー スリングは、明るく遊びのあるジンの香りが主役です。ヴォヤージュ ドゥ エルメスは、お茶、シダー、ムスクへ静かに変わり、乾いた木が肌の近くに残ります。

三本と比べると、ヴォヤージュ ドゥ エルメスの位置がよく見えます。土の重さ、お茶の穏やかさ、ジンの明るさのどれか一つを選ぶのではなく、ジュニパーの冷たさと、乾いた木の静けさを軽くつなぐ香りです。

購入ガイド・価格・おすすめ度

現行の日本公式商品は35 mlで、価格は13,860円。フランス製で、商品番号はV107570V0です。200 mlのオードトワレ用レフィルで詰め替えられます。価格、容量、在庫は変わるため、購入時には公式サイトで最新情報を確認してください。

ボトルをデザインしたのはフィリップ・ムケです。道で偶然見つけた折り畳み式のポケットルーペから着想しました。アルミニウム色の外枠の中でガラスボトルが回り、中央にある鞍鋲をかたどったクルー・ド・セルが、重心と回転軸を兼ねています。スプレー部を内側へ閉じられるため、据え置くだけでなく持ち運ぶ道具として考えられた形です。

2011年には、ヴォヤージュ ドゥ エルメス パルファムも登場しました。オードトワレがジュニパーベリーとシダーを中心に、涼しく軽く、乾いた木を見せるのに対し、パルファムはジュニパーベリーとミルキーで甘いサンダルウッドが中心です。黒いガラスを使い、温かく肌を意識させる方向へ進みます。単純な濃さの上下ではなく、日中の軽さを選ぶか、木の温かさと厚みを選ぶかという違いです。

甘さや強い広がりより、涼しいシトラス、ほろ苦い緑、乾いた木を求める人には、まずオードトワレが候補になります。試香紙だけでは後半の残り方がわかりにくいため、肌で3〜5時間ほど試し、シダーとムスクまで確かめてから選ぶと安心です。

実際の使用感・シーン・評判

春や初夏の日中に合わせやすい香りです。レモンとジュニパーベリーの涼しさが軽く立ち、乾いたシダーが暑苦しさを残しません。初秋の乾いた日にも向きます。白や生成りのシャツ、薄手のニット、グレーやネイビーのジャケット、デニムなど、軽く動ける服装と自然になじみます。

仕事、空港、列車、ホテルなど、周囲へ強く香らせず、自分の気分を切り替えたい場面が候補です。広い屋外で大きく香らせたい日には控えめですが、人との距離が近い仕事場や移動中には、その静けさが利点になります。

利用者の印象は、おおむね二つに分かれます。爽やかで上品、透明で静か、場所を選びにくいと感じる人がいる一方、香りが弱い、乾いた紙のように感じるという声もあります。森の冷気、レモンティー、石けん、ジンなど連想が広く分かれるのは、具体的な風景を決めない作品らしいところです。

試香紙では早く消えたように感じても、肌では木とムスクが残ることがあります。最初のレモンだけで判断せず、お茶のほろ苦さと、最後の乾いた木まで確かめる。軽さの中にある細い緊張感が心地よいかどうかが、選ぶときのいちばん大切な基準になります。

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