カブリオル
エルメス「カブリオル」は、金木犀、ハニーサックル、サンダルウッドを薄く重ねたアルコールフリーのオー ド サントゥールです。子どもと馬のイメージを持ちながら、親子の距離に寄り添う柔らかな花と木の香りとして残ります。
#373 · 2026-05-27
香水の基本情報と第一印象
Hermès(エルメス)のCabriole(カブリオル)は、2022年に登場したEau de Senteurです。日本語では「フレグランス《カブリオル》」として紹介され、50mLのアルコールフリー処方が中心。通常のEDTやEDPではなく、香りを強くまとうための香水というより、肌や布の近くにやわらかく残す「香りの水」として作られています。
第一印象は、淡い黄色と白の花です。金木犀のアプリコットのような柔らかさ、ハニーサックルの涼しい蜜、サンダルウッドの乳白色の木の余韻が、最初から薄く重なります。濃厚な金木犀香水でも、ベビーパウダーだけの香りでもありません。近づいたときにだけ、子どもの頬や洗いたての布のような温かさがふわっと出る一本です。
名前のCabrioleには、馬術の跳躍、そして子どもの跳びはねや宙返りのニュアンスがあります。エルメスの馬具の記憶と、子どもの自由な遊びが、同じ言葉の中でつながっているのがこの香りの面白いところです。
調香師・ブランドの背景と制作秘話
調香師はChristine Nagel(クリスティーヌ・ナジェル)。化学の背景を持ち、Firmenichなどを経て、2014年にHermès Parfumsへ加わった人物です。2016年にはJean-Claude Ellena(ジャン=クロード・エレナ)の後継として、エルメスの香水創作と嗅覚ヘリテージを担う立場になりました。Twilly d'Hermès、Galop d'Hermès、H24、Baréniaなども、彼女の重要作として語られます。
Cabrioleで印象的なのは、子ども向けの香りで定番になりやすいオレンジブロッサムを選ばなかったことです。ナジェルは、金木犀とハニーサックルを使い、親と子の絆、遊び、自由、恐れを知らない好奇心を表現しました。ここには、ただ清潔でかわいい香りにするのではなく、エルメスらしい少しひねりのある詩情を入れる姿勢があります。
ボトルと外箱には、Alice Charbin(アリス・シャルバン)による小さな子どもと若い馬のイラストが描かれています。ランタン型フラコン、エルメスオレンジ、朗らかな線画。その全体が、香りをベビーギフトの領域に置きながら、きちんとメゾンの物語へ接続しています。
香りの詳細分析
Cabrioleは、トップ、ミドル、ラストの大きな階段変化で見るより、三つの素材が最初から薄く重なる香りとして理解すると自然です。入口で感じやすいのは、Honeysuckle(ハニーサックル)。白く涼しい花で、蜜の甘さはありますが、重いジャスミンではありません。少しグリーンで、水気を含んだ初夏の花のように開きます。
中心にあるのはOsmanthus(オスマンサス)、つまり金木犀です。ただし、秋の夜に濃く香る金木犀というより、アプリコットや桃を思わせる薄い果実感。子どもの頬、明るい布、淡い黄色の花びらのような柔らかさです。日本語圏ではこの金木犀の印象が特に拾われやすく、Cabrioleの親しみやすさを作っています。
ラストを支えるのはSandalwood(サンダルウッド)。寺院的な白檀の重さではなく、乳白色で少しパウダリーな木のクッションです。花の甘さを濃くするのではなく、丸く受け止めて、肌や髪、リネンの近くに薄く残します。持続は控えめで、肌では短めに感じる人も多い香りです。一方で、衣類やタオル、寝具では、やさしい余韻としてもう少し残ることがあります。
他の香水との比較・ポジショニング
同じエルメスの金木犀で比べるなら、第135回のOsmanthe Yunnanがわかりやすい比較対象です。Osmanthe Yunnanは、茶、オレンジ、アプリコット、レザーの大人の旅の記憶へ向かう香り。Cabrioleは同じ金木犀でも、もっと子どもの頬、白い布、親子の距離へ寄せています。
子ども向けフレグランスの文脈では、第57回のBvlgari Petits et Mamansとも並べて考えられます。Petits et Mamansはベビーパウダー、カモミール、バニラの柔らかさが印象的。Cabrioleは、金木犀とハニーサックル、サンダルウッドで、より透明な花と木の印象を作ります。
Baby Dior Bonne ÉtoileやBonpoint、Tartine et Chocolatの子ども向け香りが、洋梨、ローズ、ムスク、ネロリ、オレンジブロッサムへ寄るのに対して、Cabrioleはそこから一歩横へ跳びます。Jo Malone LondonのHoneysuckle & Davanaのような大人向けハニーサックルと比べても、ダヴァナやパチョリの陰影ではなく、昼の布と近距離の安心感が中心です。
購入ガイド・価格・おすすめ度
Cabrioleは、50mLで展開されるEau de Senteurです。日本公式価格は税込17,490円、米国公式では147ドル、欧州では115ユーロ前後で紹介されています。エルメスのギフトとしては手に取りやすい一方、強い拡散や長い持続を求める香水として見ると、価格に対してかなり静かに感じるかもしれません。
おすすめしやすいのは、アルコール感の少ない軽い香りを探している人、金木犀を濃くではなく淡くまといたい人、入浴後や就寝前に使える近距離の香りが好きな人です。反対に、夜の外出で主役になる香り、遠くまで印象を残す香り、数時間後もはっきり香り続ける香水を期待する人には慎重に勧めたい一本です。
購入時は、EDT表記の並行流通に注意したいところです。Cabrioleの主役はEau de Senteurで、濃度違いを選ぶ香水ではありません。選ぶ基準は、強さではなく、この軽さと距離感を魅力として受け取れるかどうかです。
実際の使用感・シーン・評判
似合う季節は、春から初夏の昼。白Tシャツ、薄いシャツ、清潔なコットン、在宅、学校、オフィス、入浴後、就寝前によく合います。香りが大きく広がらないので、人と近い場所でも扱いやすく、リネンやタオルに軽く香らせる使い方も自然です。
評判では、優しい金木犀、清潔感、寝香水向き、香害になりにくいという声が出やすい一方、薄い、柔軟剤っぽい、価格に対して控えめ、子どもに香水という企画に戸惑うという反応もあります。この評価の分かれ方は、Cabrioleの設計そのものとつながっています。香水らしい強さを期待すると物足りない。けれど、触れる距離で安心を残す香りとして見ると、軽さがそのまま長所になります。
大人が使うなら、軽いシトラス、ネロリ、白檀、ホワイトムスクと合わせる発想もあります。ただし、Cabrioleの良さは、足し算よりも余白にあります。単体で肌や布の近くに小さく置くと、金木犀とサンダルウッドが残す、幼心の記憶というテーマがいちばんきれいに見えてきます。


