シコモア

シャネル「シコモア」は、ベチバーの根を主役に、アルデヒドの透明感、スパイス、ウッド、煙のニュアンスを重ねた端正なウッディです。泥臭さを洗練へ変えるシャネルらしい構成で、静かな強さと知的な距離感を作ります。

#208 · 2025-12-13

Chanel / Sycomore

香水の基本情報と第一印象

Chanel(シャネル)のLes Exclusifs de Chanel(レ ゼクスクルジフ ドゥ シャネル)コレクションから展開されている「Sycomore(シコモア)」は、「秋の高貴な精神」をテーマにしたウッディ香水です。

泥臭く野性的な植物の根であるベチバーを用いて、「見えないシャネルのツイードスーツ」を作り上げるという大胆なコンセプトのもと制作されました。森の荒々しさがシャネルらしい洗練によって見事に濾過されており、野生とエレガンスという相反する要素が共存するラグジュアリーな香りとして完成しています。

香水瓶は、1921年のN°5ボトルの精神を受け継ぐ、無駄を削ぎ落としたミニマリズムを体現しています。厚手ガラス製の長方形ボトルに、白いラベルと黒い文字という極めてシンプルな構成。磁石式の角型キャップは、必ずシャネルのダブルCロゴが正面を向いて吸い込まれるように閉まり、心地よいクリック音を響かせます。中身の香りこそが主役であるという、実験室の試薬瓶のような機能美と建築的な凛とした佇まいを持っています。

調香師・ブランドの背景と制作秘話

「レ ゼクスクルジフ」コレクションは、創設者ガブリエル・"ココ"・シャネルの人生経験やライフストーリーを香りで表現するプレステージラインです。シコモアのインスピレーション源となったのは、フランス・オーヴェルニュ地方のシコモアの木立と、「秋の高貴な精神」でした。

幼少期を火山の地であるオーヴェルニュで過ごしたガブリエルは、生前「私はオーヴェルニュ地方で唯一の活火山の噴火口なの」と語り、自身の尽きせぬエネルギーを火山と重ね合わせていました。古代エジプトで「生命の樹」と呼ばれたシコモアの大樹が火山の大地に深く根を張る姿に、パリで成功しながらも故郷の力強い大地と繋がっている自身のルーツを投影したのです。

本作の調香は、シャネルの3代目専属調香師ジャック・ポルジュと、「ベチバーの魔術師」の異名を持つクリストファー・シェルドレイクが手掛けました。シェルドレイクは「見えないシャネルのツイードスーツをベチバーで作り上げるような大胆な試みだった」「ヨーロッパの人間にはどこか懐かしく心地よい匂いにしたかった」と語っています。青臭さを極限まで取り除き、甘さを残す特殊なブレンドによって、洗練されたブランドイメージの裏にマグマのような野性的なエネルギーを秘めた名作が誕生しました。

香りの詳細分析

シコモアの香調は、伝統的なピラミッド型の構造を持つウッディノートです。全体を一言で表すなら、「見えないシャネルのツイードスーツを纏ったような、透明なスモーキーブーケ」。静謐な力強さと洗練されたスモーキーさ、そしてアーシーな温かみが感じられます。

スプレーした直後のトップノートは、アルデヒドのきらめきとともに、ジンを思わせるジュニパーベリーやピンクペッパーのアロマティックな清涼感が広がります。非常にみずみずしく、透明感のある爽快な立ち上がりは、まるで枝葉の隙間から差し込む陽光や、早朝の森の凛とした空気を胸いっぱいに吸い込んだかのような感覚を与えます。

15分ほどで爽やかさが急速に沈静化すると、ミドルノートでは主役のベチバーがサイプレスと絡み合い、知的な森の奥行きが形成されていきます。ハイチで18〜24ヶ月熟成させた最高級のベチバー根を使用し、水蒸気蒸留、溶剤抽出、二酸化炭素抽出という3種類の異なる抽出法の精油をブレンドすることで、見事な立体感を生み出しています。スモーキーでアーシー、ドライでありながらほのかにパウダリーな質感が、「雨上がりの土の香り」のように広がります。

2時間以降のラストノートでは、サンダルウッドやバニラ、Iso E Superが重なり、クリーミーでまろやかな温かいウッディへと変化します。レザーのようなバニラ感とシダーウッドがベチバーに寄り添い、うっとりと肌の上に伸び広がるリッチな余韻を残します。荒々しい自然をそのまま提示するのではなく、最高級の仕立て服のように完璧に計算されたエレガンスへと沈み込んでいく過程が、この香水最大の魅力です。

他の香水との比較・ポジショニング

ベチバーを用いた名作香水と比較することで、シコモアの「洗練と静寂」という個性がより鮮明になります。

まず、Lalique(ラリック)の「アンクル ノワール」です。どちらもベチバーとサイプレスを組み合わせたダークでスモーキーな傑作ですが、アンクル ノワールがより直線的で「闇夜の森」を思わせる深い静寂を持つのに対し、シコモアはアルデヒドの明るさとサンダルウッドの温かみが「ドレスアップした洗練」を表現しています。

次に、Guerlain(ゲラン)の「ヴェチヴェール」です。ゲランがレモンなどのシトラスから始まる軽快なクラシックフゼアで、明るい「スーツの昼」の印象を持つのに対し、シコモアはシトラスへの依存度が低く、よりダークでスモーキーな「タキシードの夜」の印象を持っています。

最後に、L'Artisan Parfumeur(ラルチザン パルフュムール)の「タンブクトゥ」です。お香のようなスモーキーなベチバーとサンダルウッドの組み合わせは共通しますが、タンブクトゥがマンゴーなどのアクセントでエキゾチックな広がりを持つのに対し、シコモアはより都会的で格調高く、ベルベットのような深みのある光沢を持っています。

この位置づけは、単なるベチバー香水というより、シャネルが得意とする素材の抽象化に近いものです。根、煙、木肌といった自然の要素を、直接的なアウトドア感ではなく、ツイードや黒い服地のような質感に置き換えているため、同じウッディでも非常にドレス感があります。

購入ガイド・価格・おすすめ度

シコモアは現在、オードパルファム(2016年)と、より高濃度のパルファム / エクストレ(2022年)が展開されています。

オードパルファムはスモーキーさと温かさのバランスが良く、柔らかく広がった後に肌に密着するため、初めて試す方やオフィス使いにもおすすめです。一方、究極の贅沢を味わいたい方には、アイリスのパウダリーさとレザーのニュアンスが強調され、1930年のオリジナル版の精神に接近した濃密なパルファムをおすすめします。

自然の力強さと都会的な洗練の両方を愛する大人の男女に最もフィットし、秋冬の深みのある空気に完璧に調和する、一生もののウッディ香水と言えるでしょう。

選ぶ際は、軽さではなく質感の違いで見ると分かりやすいです。オードパルファムは日常の装いに馴染む静かなスモーキーウッディ、パルファムはより近距離で深く沈むレザーとアイリスの陰影を楽しむ一本。どちらも派手に香らせるタイプではなく、自分の周囲に空気の密度を作る香水です。

実際の使用感・シーン・評判

季節としては、発酵した落ち葉や木々の香りと完璧に同調する「秋」が最も輝くシーズンです。また、冬の凛とした空気感の中や、春先のまだ涼しい時期にも美しく香ります。ただし、スモーキーで温かなベースが重く感じられる可能性があるため、真夏の猛暑日は避けたほうが無難です。

シコモアの香りは、最初は穏やかに広がりますが、すぐに肌にピタッと密着するようなスキンセントになります。香りが消えたと思っても、動きに合わせてふわりと蘇る「マジック・シヤージュ」の性質を持ち、自分だけが心地よく感じられる絶妙な距離感を保ちます。

使用シーンとしては、夜のイベントや休日のリラクゼーション、静かな読書タイムなどが最適です。黒のタキシードや仕立ての良いスーツはもちろん、日本では墨汁や檜の連想から「和装・着物」にも美しく調和します。雨の日に纏うと湿った空気に香りが溶け込み至福の空間を作ってくれるという声もあり、「静かに考える人のための香り」として、深く静かな時間を約束してくれます。

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