ルナマリス
ディプティック「ルナマリス」は、ピンクペッパー、インセンス、シスタスで月光の海を描く香りです。母貝のようなミネラル感と樹脂の静けさが重なり、冷たい光の奥に温かな煙が残ります。
#118 · 2025-09-14
香水の基本情報と第一印象
Diptyque(ディプティック)のLunamaris(ルナマリス)は、2024年に登場したオードパルファンです。Les Essences de Diptyque(レ ゼサンス ドゥ ディプティック)の一作で、モチーフはMother of Pearl(マザーオブパール)、つまり真珠母貝です。
第一印象は、白いインセンスと冷たい光です。煙たい寺院香というより、月明かりを含んだ白い煙。ピンクペッパーの明るさ、インセンスのミネラル感、シスタスの樹脂的な温もりが、静かに重なります。今回の興味喚起フレーズは、インセンスとピンクペッパーが映す月光の海。派手ではないのに、忘れにくい余白があります。
調香師・ブランドの背景と制作秘話
ルナマリスが属するレ ゼサンス ドゥ ディプティックは、香りを持たない自然の宝物を香水にするコレクションです。珊瑚、母貝、樹皮、睡蓮、砂漠のバラ。視覚的には強い存在感があるけれど、香りとしては明確ではない対象を、調香師が想像力で再構成します。
調香はFabrice Pellegrin(ファブリス ペルグラン)。ディプティックの複数作品を手がける調香師で、自然の本質を香りへ移すことに長けています。ルナマリスでは、母貝の虹色の輝き、海の冷たさ、月光の静けさを、三つの素材でかなりミニマルに表現しています。ここで面白いのは、海をアクアティックや塩で直接描かないことです。水ではなく、光の反射、貝殻の内側、白い鉱物のような質感を香りの中心に置いています。
香りの詳細分析
トップでは、Pink Pepper(ピンクペッパー)が立ち上がります。黒胡椒のような強い辛さではなく、軽く明るいスパイスです。少しローズを思わせる質感もあり、母貝に光が当たった瞬間の、細かいきらめきのように働きます。
ミドルでは、Incense(インセンス)が中心になります。ここでのインセンスは、重く煙たい宗教的な香りではありません。白く、乾いていて、ミネラル感がある。海辺の石や貝殻、静かな寺院、磨かれた白い面を連想させます。香りは大きく広がるより、内側へ沈んでいきます。
ベースでは、Cistus(シスタス)が残ります。ロックローズやラブダナムにもつながる樹脂的な素材で、アンバーの温もりと少しレザーのような影があります。冷たい月光だけではなく、肌に近い温度が入ることで、ルナマリスは無機質になりすぎません。ドライダウンは大きく甘くならず、樹脂の薄い膜が肌に残るような印象です。
他の香水との比較・ポジショニング
Le Labo(ル ラボ)のRose 31(ローズ サーティワン)と比べると、ルナマリスはローズ様の質感やピンクペッパーの現代性に近さがあります。ただし、ローズ31のクミンのような生々しさはなく、もっと白く、静かで、ミネラルです。
Etat Libre d'Orange(エタ リーブル ド オランジェ)のAttaquer le Soleil(アタケ ル ソレイユ)は、ラブダナムを濃く暗く押し出す香りです。ルナマリスは同じ樹脂の方向を持ちながら、かなり軽く、透明で、ディプティックらしい節度があります。
Glossier(グロッシアー)のYou(ユー)は、ピンクペッパーの初速だけ少し連想されます。ただし、ルナマリスはその後にインセンスとシスタスが出て、スキンセントよりも瞑想的で、月明かりのような抽象度へ進みます。Hermès(エルメス)のEau des Merveilles(オー デ メルヴェイユ)やJo Malone London(ジョー マローン ロンドン)のWood Sage & Sea Salt(ウッド セージ アンド シー ソルト)を海やミネラルの比較軸に置くと、ルナマリスはもっと直接性が低く、海そのものではなく海に映る光を見ている香りです。
購入ガイド・価格・おすすめ度
日本での参考価格は100mL 47,410円です。ディプティックの通常ラインより高価格帯で、レ ゼサンス ドゥ ディプティックのプレミアムな位置づけが反映されています。ディスカバリーセットも展開されているため、いきなりボトルではなく比較試香から入るのが現実的です。香りの迫力で価格を納得させるタイプではなく、素材の余白、ボトル、コレクション性まで含めて価値を見る香水です。
おすすめしやすいのは、インセンス、樹脂、ミネラル、静かなアンバー、抽象的な香りが好きな人です。逆に、強い拡散、甘いグルマン、わかりやすい海の香り、濃厚なスモークを求める人には、少し静かすぎるかもしれません。
試香する時は、トップのピンクペッパーだけで判断しない方がいい香りです。時間が経つほど、インセンスの白さとシスタスの温度が出てきます。香りの変化は大きくありませんが、静かな濃淡があるので、肌の上で数時間見る価値があります。店頭の強い香りの中では埋もれやすいので、ムエットだけでなく肌に乗せて、外の空気に出てから確認したいタイプです。
実際の使用感・シーン・評判
似合うのは、秋冬、夜、ホテルラウンジ、ギャラリー、読書、静かな仕事、黒や白の服です。オフィスでも使えますが、香りで明るくするというより、空気を少し引き締めるタイプです。春夏なら夜や冷房の効いた室内が合います。
評判では、神秘的、美しい、ミネラル、禅のよう、インセンスが重すぎない、知的という声があります。一方で、価格が高い、拡散が控えめ、香りの変化が少ない、店頭では印象が薄いという意見もあります。わかりやすい強さではなく、余白の美しさをどう評価するかで好みが分かれます。濃いインセンスを期待すると物足りませんが、静かな樹脂とミネラルのスキンセントとして見ると、かなり現代的です。
ルナマリスの魅力は、海を直接的な塩や水で表現しないところです。月光、母貝、白い煙、樹脂の温度。冷たさと温かさが同時にあり、香りは大声で語りません。インセンスとピンクペッパーが映す月光の海という余韻が、この香水の静かな強さです。


