ロードゥ イッセイ

ロードゥ イッセイは、ロータス、メロン、カロン、白い花、ムスクで「水の香り」を形にした、1992年発売のフローラル・アクアティックの名作です。

#54 · 2025-07-12

Issey Miyake / L'Eau d'Issey

香水の基本情報と第一印象

Issey Miyake(イッセイ ミヤケ)「L'Eau d'Issey(ロードゥ イッセイ)」は、1992年に発売されたブランド初の香水です。名前はフランス語で「イッセイの水」。当時の香水市場には濃厚なオリエンタルや甘い花の香りが多く、そこへ三宅一生は、香水らしさを強く押し出すのではなく、水のように澄んだ香りを求めました。だからこの作品は、単なる清潔な香水ではなく、「匂いを持たない水を、どう香水にするか」という難題から始まっています。

第一印象は、冷たい水面に白い花が浮かぶような透明感です。シトラスで弾ける爽快さではなく、ロータス、メロン、カロンが作る湿った空気に、フリージアやローズが薄く重なる。少し瓜のようで、少し花のようで、少し金属的な水の冷たさもある。きれいなだけではなく、1990年代のアクアティック香水を決定づけた独特のオゾン感が、最初からはっきり出ます。

現在の感覚で嗅ぐと、懐かしいと感じる人もいれば、逆にとてもミニマルに感じる人もいるはずです。柔軟剤的な軽さとは違い、カロンの水気と白い花の構造がきちんと立っているため、薄いのに輪郭は残ります。水の香りという言葉から想像する無味無臭ではなく、水を通して花が見える、という表現の方が近い一本です。

調香師・ブランドの背景と制作秘話

調香師はJacques Cavallier Belletrud(ジャック・キャヴァリエ・ベルトリュード)。グラース出身の調香師で、のちにブルガリ「プール オム」やルイ・ヴィトンの香水も手がける人物です。ロードゥ イッセイでは、三宅一生から「水の香り」という、ほとんど矛盾のようなテーマを受け取りました。水そのものは匂いを持たないため、香料を足して水っぽくするだけではなく、透明さ、清浄さ、濡れた花、静けさをどう構造化するかが問われました。

この作品の開発には、三宅デザイン事務所とBeauté Prestige Internationalの協業がありました。三宅一生は、既存の強い香水文化に距離を置き、服と同じように、身体のまわりに自然に存在する香りを求めたとされます。キャヴァリエはその発想に対して、ロータス、ローズ、ピオニー、スズラン、そしてカロンを使い、水をそのまま再現するのではなく、水の中に花を浮かべるような抽象表現へ落とし込みました。

ボトルもこの香水の物語に欠かせません。細長い円錐形のフロストガラスと、銀色の球を思わせるキャップは、三宅一生がパリの部屋から見たエッフェル塔の上の月に着想を得たと語られます。香りの透明さ、ボトルの垂直性、月のイメージがそろって、ロードゥ イッセイは「水」をテーマにした総合的なデザインとして成立しています。

香りの詳細分析

トップでは、ロータス、メロン、フリージア、ローズ、カロン、シクラメンが、水面に触れた花の第一印象を作ります。メロンは甘い果物というより、カロンと結びついた冷たい瓜の水気です。ロータスは静かな水面、フリージアとローズは薄い花弁、シクラメンは湿った花の透明感を足します。ここで重要なのは、果実や花が主役として前に出ることではなく、それらが水で透かされているように感じられる点です。

ミドルでは、リリー、リリー・オブ・ザ・ヴァレイ、ピオニー、カーネーションが、香りの中心を白い花束へ移します。スズランの清潔な青さ、リリーの白い輪郭、ピオニーの淡い花弁、カーネーションのごくわずかなスパイス感が重なり、冒頭の冷たい水気が少しだけ人肌に近づきます。甘いブーケではなく、水を含んで立っている花の集合体です。

ラストでは、ムスク、サンダルウッド、シダーウッド、オスマンサス、アンバーが、透明な花の印象を肌に残します。重いウッディや濃いアンバーへ沈む香水ではありません。ムスクは白い布のような清潔感を作り、サンダルウッドとシダーウッドは乾いた芯を足し、オスマンサスは日本的な花の記憶をわずかに残します。最後まで水の輪郭が崩れず、肌の上で静かに乾いていく余韻です。

この構成が画期的だったのは、トップの水気、ミドルの花、ラストの清潔な肌感が、別々の場面として切り替わるのではなく、最初から最後まで「水を通した花」という同じ発想で貫かれていることです。だからロードゥ イッセイは、香料名だけを並べると多いのに、体感としては非常にミニマルに感じられます。

他の香水との比較・ポジショニング

比較するなら、Calvin Klein(カルバン クライン)「CK One(シーケー ワン)」や、Kenzo(ケンゾー)「L'Eau par Kenzo(ローパ ケンゾー)」、Giorgio Armani(ジョルジオ アルマーニ)「Acqua di Gio(アクア ディ ジオ)」が近い文脈にあります。いずれも1990年代のクリーン、アクアティック、軽さの流れを代表しますが、ロードゥ イッセイはその中でも、白い花と水の抽象性が強い作品です。

シーケー ワンはユニセックスでカジュアルな透明感があり、日常の白いTシャツに近い。ローパ ケンゾーはより水辺の柔らかさと親しみやすさがあり、アクア ディ ジオは海風とシトラスの男性的な清潔感へ向かいます。ロードゥ イッセイは、そこから生活感を少し離し、ロータスやリリーの花を、水とデザインの中に置いたような静けさを持っています。

同じ「爽やか」「清潔」という言葉でまとめると、この香水の個性は見えにくくなります。ポイントは、軽いのに人工的な水の輪郭がはっきりあること、花が甘く膨らまず、濡れたまま立っていること、そしてミニマルなボトルデザインまで含めて、香りが三宅一生の美学に接続していることです。

購入ガイド・価格・おすすめ度

現行品はオードトワレとして流通し、50ml、100mlなどのサイズで展開されます。国内価格は時期や販売店で変わりますが、デパートや公式流通ではミドルからハイレンジの位置づけです。香水史の名作として一度は試す価値がありますが、カロンの水気や瓜のようなオゾン感は好みが分かれるため、フルボトル購入前には必ず肌で確認した方がいいです。

試香では、つけた直後の水っぽさだけで判断しないことが大切です。最初は冷たい瓜や金属的な水に感じても、少し時間が経つと白い花とムスクが出て、肌になじむ清潔感へ変わります。反対に、カロンのオゾン感が苦手な人には、その個性が最後まで気になる可能性があります。

使うなら春から夏、湿度のある日、朝から昼が合います。オフィスでも使えますが、つけすぎると独特の水っぽさが強く出るため、一吹きから始めるのが現実的です。白いシャツ、薄いグレー、黒のミニマルな服装とは相性が良く、甘い香りで雰囲気を作るより、清潔な余白を残したい日に向いています。

実際の使用感・シーン・評判

評判では、「水の香りの名作」「透明で清潔」「春夏に使いやすい」という評価が多く見られます。一方で、「瓜っぽい」「オゾン感が強い」「昔流行した香りを思い出す」という声もあります。この賛否は欠点というより、ロードゥ イッセイが時代を作った香水であることの裏返しです。多くのアクアティック香水が後に続いたため、今嗅ぐと既視感を覚える人もいますが、元の構造を確かめると、やはり非常に緻密です。

日常では、清潔感を出したい場面に向きます。ただし、柔らかい石けんの香りではなく、カロンの冷たい水面と白い花があるため、やさしいだけの香りを求める人には少し硬く感じるかもしれません。会食や夜の濃い香りというより、午前中の外出、仕事前、雨上がり、白い服を着る日が似合います。

ロードゥ イッセイを選ぶ理由は、単に「爽やかだから」ではありません。香水らしい装飾を削り、水、花、肌、ボトルの形をひとつのミニマルなデザインへまとめたところに価値があります。最後に残るのは甘い記憶ではなく、濡れた花を見たあとに残る、冷たく静かな余白です。

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