パイン

ストラ スクガン「パイン」は、公式ノートをすべてパインに絞りながら、松葉、松脂、樹皮、森床の多層性を描く香りです。単純な針葉樹ではなく、森の湿度と樹脂の厚みが静かに広がります。

#355 · 2026-05-09

Stora Skuggan / Pine

香水の基本情報と第一印象

Pine(パイン)は、スウェーデンのニッチフレグランスブランドStora Skuggan(ストラ スクガン)が2024年に発表したEau de Parfumです。容量は30ml、公式価格は150ユーロ。日本の正規流通では税込30,800円という情報が確認されています。調香師はブランド共同創業者のTomas Hempel(トマス・ヘンペル)です。

この香水の第一印象でいちばん面白いのは、公式ノートの潔さです。トップもミドルもベースも、すべてPine。公式ページも、Pineの香りだとだけ言い切るような極端にミニマルな見せ方をしています。ただし、それは単調という意味ではありません。香りの中では、松葉の青さ、甘い松脂、乾いた樹皮、枯れた針葉が積もる森床まで、一本の松を別々の角度から嗅ぐような変化があります。

いわゆる爽やかな森林浴の香りを想像すると、少し驚くかもしれません。Pineは空気の清涼感よりも、樹脂の粘度、木肌の乾き、腐葉土や苔の重心が強い香りです。松脂と森床が描く、深い時間の木。これがこの作品を理解するための入口になります。

調香師・ブランドの背景と制作秘話

Stora Skugganは、2015年にストックホルムで始まったブランドです。Anna Barkne、Tomas Hempel、Olle Hemmendorff、Jonas Nordin、Martin Nicolaussonらによるクリエイティブ集団として語られ、香りだけでなく、ボトル、アートワーク、パッケージまで自分たちの世界観の中で作る姿勢が特徴です。

このブランドは、もともと物語性の強い香水で知られています。Fantome de Maules、Mistpouffer、Silphium、Thumbsuckerなど、幻影、未解明の轟音、失われた植物、神話的な幼児といった奇妙な題材を香りにしてきました。その中でPineはかなり異例です。怪異や神話を外側に置くのではなく、松という一語へ集中し、木そのものの中へ物語を沈めています。

ソリフローラという考え方も重要です。本来は一輪の花を生ける花瓶、また単一素材を主役にした香水を指す言葉ですが、Pineではその対象が花ではなく巨大な木になります。巨大な松を一本、香水という小さな瓶に生ける。その逆説が、Stora Skugganらしいユーモアと知性です。

香りの詳細分析

公式には、トップ、ミドル、ベースを分けてもすべてPineです。そのため、ここでは一般的なピラミッドというより、松のどの側面が時間とともに前に出るかで整理します。

立ち上がりでは、松葉、新芽、冷えた針葉のグリーンが感じられます。資料によっては、ハーバルシトラスやわずかなミント感、ベルガモットのような明るさを補助線として挙げるものもあります。ただ、完全に軽いトップではなく、早い段階から松脂や樹皮の重みが混じります。

中心に出てくるのは、松脂と樹液の甘さです。ここがPineの大きな分かれ道です。甘美な樹脂、バルサム、乾いた木肌、ウッディな苦みとして魅力的に感じる人もいれば、思ったより甘い、キャンドルっぽい、合成的に感じる人もいます。針葉樹系香水にありがちな「冷たい」「清潔」「シャープ」だけではなく、茶色く温かい樹液の質感があります。

ラストでは、枯れ針葉、腐葉土、苔、オークモス的な暗さ、微かな煙やインセンス感が残ります。持続は長めに評価されることが多く、レビューでは8時間前後から12時間程度まで幅があります。拡散は中から強寄りですが、大量に広げるより、少量で自分の周りに森の影を置くような使い方が合います。

他の香水との比較・ポジショニング

Serge LutensのFille en Aiguillesとは、松、樹脂、煙、甘さを持つ針葉樹系という点で比較しやすいです。ただしFille en Aiguillesは、果実、スパイス、乳香が絡む祝祭的な冬の森。Pineはもっと対象が絞られていて、松脂と森床の物質感が主役です。

Profumum RomaのArsoとも近い領域にあります。Arsoは松脂にインセンス、レザー、タバコ、暖炉の温かみを重ねた、山小屋の室内を思わせる香りです。Pineは室内ではなく、屋外の木そのものに近づく感覚。森を窓の外に見るのではなく、幹に手を置くような香りです。

PinewardのBorealは、針葉樹、ミント、シダー、樹脂、苔を持つ北方林の香りとして比較できます。Borealが極寒の森やミントの冷気を強く感じさせるのに対し、Pineはもう少し暖かく、松脂の琥珀色と樹皮の乾きが前に出ます。

購入ガイド・価格・おすすめ度

確認できる正規仕様はEau de Parfum 30mlです。EDT、Extrait、Parfum、限定版、復刻版などの公式な濃度違いは確認されていません。サンプルやデカント、ディスカバリーセットでの流通はありますが、香りのバージョン違いではありません。

おすすめしやすいのは、針葉樹、松脂、苔、腐葉土、煙、乾いた木の匂いが好きな人です。Stora Skugganの球体キャップやコンセプト、奇妙で知的なブランド美学が好きな人にも合います。香水を単なるいい匂いではなく、素材、記憶、自然史、デザインを横断するものとして楽しめる人にはかなり面白い一本です。

一方で、ブラインドバイには慎重でいたい香水です。名前は分かりやすくても、肌では甘いアンバー、古い松キャンドル、腐葉土、固定剤感が強く出る場合があります。紙だけではなく、肌で数時間追ってから判断するのが安全です。

実際の使用感・シーン・評判

季節は秋冬が最も合いやすいです。松脂、樹皮、枯葉、森床のニュアンスが冷たい空気で映えます。春は新芽や針葉のグリーンが見え、涼しい日なら使いやすいです。夏は避暑地や夜なら楽しめますが、日本の高温多湿では重く感じる可能性があります。

シーンは、アートイベント、静かなバー、読書、自然を感じる旅行、落ち着いた外出に向きます。黒やグレーのウール、レザー、アウトドア感のある装いとも相性がよい香りです。逆に、清潔感だけを求めるオフィス香水や、甘く明るいデート香水として使うなら、量をかなり控えた方がよいでしょう。

評判ははっきり分かれます。ポジティブには、「松そのもの」「ガチの木」「森の中にいるよう」「理想の森林香」といった声があります。注意点としては、松葉のフレッシュさが早く引く、お香っぽい、腐葉土っぽい、古い松キャンドルのように感じるという声もあります。

その分かれ方こそ、Pineらしさです。軽い森林浴ではなく、松という存在を香水の形に圧縮したオブジェ。松脂と森床が描く、深い時間の木。その静かな強さを楽しめる人にとって、Pineはかなり記憶に残る一本になります。

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