ナイトクラビング

セリーヌ「ナイトクラビング」は、タバコ香料を使わずに冷たい煙を思わせる、夜型のためのパウダリーで乾いた香りです。クラブの熱気よりも、夜明け前の空気や服に残った煙の記憶に近い静けさがあります。

#321 · 2026-04-05

Celine / Nightclubbing

香水の基本情報と第一印象

CELINE(セリーヌ)が提案する「Nightclubbing(ナイトクラビング)」は、「夜型人間のための香水」として位置づけられています。クリエイティブディレクターであるエディ・スリマンの、パリのナイトクラブでの青春の記憶をテーマにした作品です。

名前から想像すると、タバコやアルコールが充満した激しいクラブの香りに思えるかもしれません。しかし実際に試してみると、香料成分にニコチンやタバコ葉は一切含まれていないことに驚かされます。青々しい植物とアイリスの粉っぽさが絶妙に混ざり合い、私たちの脳に「冷えたタバコの煙」と錯覚させる「嗅覚的錯視」を引き起こす、極めて知的な香りなのです。肌に密着する親密な距離感で、ドレスアップした夜のデートやバーなどにふさわしい雰囲気を放ちます。

調香師・ブランドの背景と制作秘話

CELINEの香水ラインは長く停滞していましたが、2018年にエディ・スリマンがディレクターに就任し、2019年に「CELINE Haute Parfumerie(セリーヌ・オート・パフューマリー)」として事実上のゼロからの再出発を果たしました。これは、服飾デザイナーが調香を指揮する「クチュリエ・パルファムール」の伝統の復興であり、スリマン自身の嗅覚記憶を変換する「嗅覚日記」という極めて個人的なプロジェクトでもあります。

インスピレーションの源は、彼が15〜16歳の頃(1980年代前半)に毎晩のように通い詰めたパリの伝説的ナイトクラブの記憶です。「スエードとニコチン」「バニラの香るうなじ」「夜明けまでパリを彷徨う」という生々しい青春の断片が香りに込められています。調香師の名前は公式には非公開とされていますが、香水業界で最も厳重に守られた秘密のひとつとして、一流の調香師たちが関わっていると推測されています。

香りの詳細分析

Nightclubbing(ナイトクラビング)は、一般的なトップ・ミドル・ベースというピラミッド構造を採用せず、「アブストラクト表現主義的」な手法で創られています。明確な香調分類はありませんが、一言で表すなら「アブストラクトなアッシュトレイ(抽象的な灰皿)」、そして「真紅のベルベットの座席」です。

まず特徴的なのが、ガルバナムとパチョリによる「ニコチンのアクセント」です。タバコ香料を使わずに、新品のタバコの葉のパウダリーな苦味や、冷たい外気と煙草の煙が交じり合う一瞬の青々しさを表現しています。

そこに重なるのが、ホワイトオリスバターとツリーモスです。クリーミーで土っぽく、完璧に施されたメイクが汗と熱気でわずかに崩れ始めたような、衣服についたニコチンの匂いを思わせるベルベットのような質感を与えます。

そして、バニラとムスクがほろ苦く柔らかい包容感をもたらし、肌に馴染むスキンセントへと変化します。スプレー直後のグリーンの苦みが、次第に高級クラブのベルベットソファのような温かいパウダーへと沈み込んでいく過程は、静かな退廃感に満ちています。タバコ感があるのに「灰皿のような不快さ」を極限まで洗練させ、甘いのに「グルマンではない」という矛盾を見事に成立させているのが最大の魅力です。

他の香水との比較・ポジショニング

この香水の個性をより深く理解するために、いくつかの香水と比較してみましょう。

まず、アイリスの粉っぽさを主軸にするDior Homme Original(ディオール オム オリジナル)。ディオールが洗練された端正なテーラードジャケットを着こなすクリーンな印象であるのに対し、ナイトクラビングは一晩中着古したレザージャケットのような、少し汚れた退廃感と煙っぽさが特徴です。

次に、Maison Margiela(メゾン マルジェラ)のJazz Club(ジャズ クラブ)。どちらもナイトライフをテーマにしていますが、ジャズクラブがラム酒とタバコ葉が前面に出る陽気で温かい空間なのに対し、ナイトクラビングは祭りの後のような内省的で冷たい空気を持っています。静かでクールな夜の余韻を楽しみたい方には、ナイトクラビングがおすすめです。

購入ガイド・おすすめの使い方

Nightclubbing(ナイトクラビング)は、オードパルファム(Eau de Parfum)の単一濃度のみで展開されています。

ボトルは重厚な長方形の透明ガラス製で、両側面に縦溝装飾が施されたエディ・スリマン自身によるデザイン。キャップの天面にはメゾンの象徴「Triomphe(トリオンフ)」が刻印されており、17世紀の古典主義とアール・デコが融合した贅沢な重量感があります。光を反射して美しい影を落とすため、ドレッサーに置くだけで絵になる存在感があります。

また、この香りの世界観を空間で楽しむためのパフュームド キャンドルも展開されています。身に纏って肌との融合を楽しみたい方は香水を、自宅のリビングをアンニュイな空間に染め上げたい方はキャンドルをおすすめします。

実際の使用感・シーン・評判

この香りは、圧倒的に「秋冬」、そして「春先の肌寒い夜」におすすめです。冷たい空気の中でこそ、スモーキーさとバニラの温かさが美しく際立ちます。逆に真夏の高温下では、植物の苦みやパウダー感が重く感じられやすいため避けたほうが無難です。

シーンとしては、薄暗いバーやディナー、クラブなどが最適。黒のセットアップやレザージャケットなど、タイトでモノトーンな服装と完璧に調和します。ただし、実際のタバコ香料は入っていないものの、非喫煙環境のオフィス等では「タバコ臭い」と誤解されるリスクがあるため注意が必要です。

この香りを嗅いだ人々は、「深夜3時のフライドポテト」「黒いスタッズヒールとサングラスで朝帰りする女」など、極めて映画的な情景を想像します。誰もいなくなった午後4時のクラブのような静かな退廃を纏いたい方に、ぜひ試していただきたい香りです。

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