ロスト ラヴァーズ

メゾン ド ラジー「ロスト ラヴァーズ」は、みずみずしい緑からスモーキーなベチバーへ移る、愛の記憶を持つ香りです。若さの明るさと失われていくものの影が同居し、アジア的な物語性を帯びた余韻を残します。

#283 · 2026-02-26

Maison de L'Asie / Lost Lovers

香水の基本情報と第一印象

Maison de L'Asie(メゾンドラズィ)は、2019年にシンガポールで設立されたラグジュアリー・ニッチフレグランスブランドです。「LOST LOVERS(ロスト ラヴァーズ)」は、ブランドの第1章(Chapter 1)である「シンガポール」をテーマにした3つの香水のうちの一つとして誕生しました。

フランス・グラースの伝統的で高度な調香技術と、アジア特有の深くエモーショナルな物語性が融合した、ノスタルジックで温かみのあるウッディ・アンバーの香りです。香水では珍しく「バリトン(中低音)」と表現される、深みと包容力のある落ち着いたトーンが終始貫かれています。

香りの変化を通して、若葉のようなフレッシュな香りから、深く温かみのあるスモーキーなウッディへと、人生や愛が成熟していく過程が見事に表現されています。部屋全体に広がるのではなく、パーソナルスペースに優しく寄り添う密着型の香りで、大人の落ち着きと内側から滲み出るような温もりを感じさせたい時にぴったりのフレグランスです。

調香師・ブランドの背景と制作秘話

メゾンドラズィのクリエイティブディレクターを務めるのは、エリザベス・リアウです。彼女はマレーシア系華人とインドネシアのルーツを持ち、多文化国家シンガポールで育ちました。世界中の都市で生活した国際的な経験を持ち、自身を「香りのストーリーテラー」と位置づけています。

ブランドの使命は「アジアの予期せぬ物語を語る」こと。西洋の視点から描かれたステレオタイプなオリエンタリズムに異議を唱え、真のアジアの記憶や感情をグラースの高度な調香技術を用いて表現しています。ロスト ラヴァーズは、そんな彼女が2018年に母親を亡くした経験を転機に、感情や記憶を香りで具現化するプロジェクトとしてスタートしました。

インスピレーション源となったのは、「出会いと別れ」「若さ・美・愛の儚さ」といった中国の古い哲学や隠喩です。単なる悲しい記憶ではなく、過ぎ去った美しさを讃えるような前向きなノスタルジーが込められています。調香師フランソワ・メルル=ボードワンらとの協業において、彼女は画像やサウンドトラックを用いて映画監督のように情景を共有し、このエモーショナルな香りを作り上げました。

香りの詳細分析

ロスト ラヴァーズは、オリエンタル・スパイシー、アンバー・スパイシーに分類される、過ぎ去った愛の記憶を辿る温かくてスモーキーな香りです。

トップノートでは、ベルガモット、マートル(銀梅花)、オレンジフラワー、ローズが香ります。ベルガモットの爽やかさにマートルのハーバルで清涼感のある香りが交ざり合い、若葉が芽吹くような明るく希望に満ちたグリーンとシトラスが広がります。出会いや恋の始まりの「きらめき」を思わせるみずみずしさがあります。

15分ほど経つと、ヴァイオレット(スミレ)、サンダルウッド、シダーが主役のミドルノートへ移行します。スミレのパウダリーで上品な甘さに、サンダルウッドのなめらかでミルキーな温もりが加わります。ここから関係性が深まっていく「親密さ」や「情熱」が描かれ、花々が影を潜めてウッディの重厚感へと重心が移る美しいトランジションが楽しめます。

2時間以降のラストノートでは、アンバーとベチバーが深く官能的でノスタルジックな余韻を残します。ベチバーのスモーキーでアーシーな香りと、アンバーの包み込むような温かい甘さが溶け合い、「色褪せない愛の記憶」を表現します。賦香率の高いエキストレ・ド・パルファムのため、肌の温度と溶け合いながら8時間以上静かに香り続けます。

他の香水との比較・ポジショニング

同じくウッディやシトラスを基調とする名香と比較することで、ロスト ラヴァーズの個性がさらに明確になります。

例えば、バイレードの「ジプシー ウォーター」は、インセンスやパインニードルによる自由な旅を思わせる軽やかでドライな爽やかさがあります。一方、ロスト ラヴァーズは内省的で温かい愛の記憶を辿るような情景を描き出します。

ジョー マローン ロンドンの「ウッド セージ & シー ソルト」が、海風を感じさせるすっきりとした軽快な表情で晴れた昼間に向いているのに対し、ロスト ラヴァーズは多層的でミステリアスな厚みを持ち、夜の落ち着いた時間や秋冬にふさわしい重厚感を持っています。

また、ル ラボの「サンタル 33」が都会的でドライなスモーキーさを際立たせたスタイリッシュな佇まいであるのに対し、ロスト ラヴァーズはフローラルとアンバーがウッディを包み込み、よりエモーショナルで「人肌の温もり」を感じさせます。深いスモーキーさとストーリー性をじっくり味わいたい方に特におすすめの香りです。

購入ガイド・価格・おすすめ度

ロスト ラヴァーズには、香りの変化を存分に楽しめる高濃度の「エキストレ ド パルファム」と、軽やかに纏える「ヘア&ボディ パフューム ミスト」の展開があります。

エキストレ ド パルファムは、マットホワイトの重厚なガラスボトルに収められ、15mlで約14,300円、50mlで約30,800円、100mlで約42,900円という価格帯です。特に15mlサイズはトラベル用として持ち歩きやすく、本格的な香りを初めて試す方におすすめです。一方、ヘア&ボディ パフューム ミストは約1万円前後で、オフィス使いや日常で手軽に纏いたい方に適しています。

アメリカの香水サブスクリプション「Scentbird」にもラインナップされ、若い香水愛好家の間でも「愛の記憶を呼び覚ます香り」として世界的な口コミが広がっています。日本でも2025年に本格展開が開始されており、感度の高い愛好家から注目を集めています。

実際の使用感・シーン・評判

この香りが最も美しく輝くのは、秋や冬の冷たい空気の中です。日没後の夕方から夜にかけて、ウッディとアンバーの温かみが極上の心地よさを発揮します。

雰囲気の良い照明を落としたレストランでのデートや、映画鑑賞、美術館巡り、あるいは一人で読書をして静かに過ごすリラックスタイムに最適です。スプレーした瞬間に強烈に拡散するのではなく、近づいた時にふわりと香る上品な広がり方が特徴で、サンダルウッドとムスクがその人の体温のように感じられます。

秋のトレンチコートや上質なカシミヤの厚手ニットなど、素材の温もりを感じる服装と相性が抜群です。昔のアルバムを見返したり、日記を書いたり、少し感傷的な気分に浸りながら自己と対話したい時、この香りは心に優しく寄り添い、感情を深く掘り下げてくれる素晴らしいパートナーとなるでしょう。

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