エレミア
イソップ「エレミア」は、ユズやグレープフルーツの明るさ、グリーンノート、アイリス、ムスクを通じて、都市のコンクリートと植物の境界を描く香りです。爽やかさの奥に乾いた土や静けさがあり、雨上がりの街を歩くような内省的な余韻が残ります。
#216 · 2025-12-21
香水の基本情報と第一印象
Aesop(イソップ)の「Erémia Eau de Parfum(エレミア オードパルファム)」は、ブランドが展開する「Othertopias(アザートピアス)」という境界線や別の空間をテーマにしたコレクションの第3弾として登場しました。「都市と自然の境界」や「荒廃したコンクリートと植物の生命力」をテーマにしたこのフレグランスは、一般的なグリーン調の香水とは一線を画しています。
この香りが描くのは、コンクリートの都市空間を自然の力がゆっくりと取り戻していく「ポストアポカリプス」的な情景です。明るい柑橘の香りから始まり、次第に土っぽさや雨上がりのコンクリートを思わせるアーシーな香りへと劇的に変化し、時間の経過とともに物語が展開していきます。肌に近く留まる親密な密着型の香りで、読書やカフェでの一人時間、ヨガなどの内省的なソロ・アクティビティに優しく寄り添う、知的な印象を持っています。
調香師・ブランドの背景と制作秘話
調香を手がけたのは、フランス出身のBarnabé Fillion(バルナベ・フィヨン)です。写真家としてキャリアをスタートさせた後に植物学と植物療法を学んだ彼は、エルメスの専属調香師であるChristine Nagel(クリスティーヌ・ナジェル)のもとでメンターシップを受けました。イソップとは12年以上にわたる長期的なパートナーシップを築いており、ジェンダーの区分を排除し、香水を「空間の記憶や哲学的思索を喚起する装置」として設計する独自のアプローチで知られています。
彼自身が「自然の力がコンクリートの都市から生命を取り戻すことについて。この止められない自然の力と、それに抵抗する都市という考えを表現している」と語る通り、パリの都市庭園やデトロイトの工場跡地のように、世界中の荒れ地が緑に取り戻されていく風景がインスピレーションの源となっています。
また、エレミアを語る上で欠かせないのが、アートワークを手がけた北アイルランド出身の画家、Jack Coulter(ジャック・コールター)のエピソードです。音を聞いたり香りを感じたりすると色が見える「共感覚」を持つ彼は、エレミアの香りを体験した際、それを「霞んでいながらも鮮やか」と表現しました。ガルバナムの樹脂感やイリスのパウダー感を、くすんだ緑や土色が雨で滲んだような抽象画としてキャンバスに描き出し、この香りを嗅いで「空が泣いている」情景と捉えたと言われています。
海外の愛好家たちの間では、この香りが人気作品「The Last of Us(ザ・ラスト・オブ・アス)」のポストアポカリプス的な世界観に似ていると話題になりました。人類の文明が衰退し、決して人が住んだことのない産業団地に野生の植物が根を張る情景を、見事に嗅覚化した芸術的な作品です。なお、100%ヴィーガン対応でクルエルティフリーであり、動物由来のムスクを使用せずに植物由来成分のブレンドで構築されています。
香りの詳細分析
公式の香調分類では「生き生きとした緑のシトラス香調、フローラルグリーン」とされていますが、その変化は非常に劇的です。一言で表すなら「自然の力がコンクリートの都市から生命を取り戻す香り」であり、トップノートからベースノートにかけて、温度感が「冷気」から土のような「湿度」へと急降下するドラマチックな変遷を辿ります。
**トップノート:鮮烈な冷気とシトラスのバースト** スプレーした瞬間に広がるのは、ユズ、ベルガモット、グレープフルーツによる鮮烈で爽快なシトラスのバーストです。「朝露に濡れた緑の葉」や「冷たい夏の朝」を思わせる清新な雨のような、スパイシーでシャープな冷気を感じさせます。しかし、この明るいオープニングノートは驚くほど短命で、急速に消失して次の展開へと移行します。
**ミドルノート:植物の青々とした生命力とパウダリーな柔らかさ** 柑橘の鋭さが落ち着くと、ミモザ、グリーンティー、ガイアックウッド、マテ茶が顔を出し、香りの重心が急速に深みへと移行します。植物たちがお互いにコミュニケーションをとっているかのような青々とした生命力と、「蝋のような花々」と表現されるパウダリーでナッティな柔らかさが同居します。シトラスの冷たい鋭さから、ベースのアーシーな深みへと繋ぐ見事な橋渡しとなっています。
**ラストノート:雨上がりのコンクリートと湿った土** 2時間以降(肌質により4〜6時間程度)になると、ガルバナム、イリス、パチュリが主役となり、強烈なグリーンと苦味が全体を支配します。ここで立ち上がるのが、「雨上がりのコンクリート」や「ペトリコール(雨が降った時に地面から漂う匂い)」を思わせるアーシーでスモーキーなミネラルムスクです。無機質な都市空間と、そこから力強く芽吹く生命力の対比が、肌の上で静かに落ち着いていきます。
他の香水との比較・ポジショニング
「ペトリコール」や「自然のグリーン」をテーマにした他の名香と比較することで、エレミアの独自性がより際立ちます。
**Le Labo(ルラボ) / Baie 19(ベ 19)との比較** どちらも「ペトリコール(雨上がりの土の匂い)」や冷たいミネラル感という核心コンセプトを共有しています。しかし、Baie 19がオゾンやジュニパーベリーによって都会的で無機質な「水そのもの」の印象を追求しているのに対し、エレミアはガルバナムやミモザを含み、雨によって育まれる「植物の生命力」や土っぽさを同時に描く物語性の強さを持っています。無機質な水を求めるならBaie 19、自然の温かみと緑の息吹を感じたいならエレミアがおすすめです。
**Chanel(シャネル) / No. 19 EDP(ナンバー19)との比較** 両者はガルバナムの苦味とイリスのパウダリーさを香りの基盤としています。No. 19はアルデヒドの輝きを持ち、よりクラシックで厳格、洗練された装飾的な印象を持っています。一方、エレミアはよりモダンで、土っぽく湿潤な「自然的・瞑想的」な風景を描きます。凛とした姿勢を纏いたい時はNo. 19、肩の力を抜いて内省的な静けさを楽しみたい時はエレミアが向いています。
**Diptyque(ディプティック) / Philosykos(フィロシコス)との比較** 青々とした植物の生命力とリアルなグリーンノートという点では共通していますが、アプローチが異なります。Philosykosがイチジクの実や樹液由来のミルキーでフルーティーな甘さを特徴とするのに対し、エレミアは甘さがなく、より鋭く鉱物的(ミネラル)でドライかつアーシーです。甘さを抑えた大人のビターな緑を感じたい方には、エレミアが最適です。
購入ガイド・価格・おすすめ度
Aesop(イソップ)の「Erémia(エレミア)」は、濃度やバージョンの違いを持たず、オードパルファム(EDP)の50mLサイズ一本のみの展開です。調香師が意図した完全なバランスが、このひとつの作品に込められています。
ボトルデザインは、20世紀初頭のヨーロッパの調剤薬局や実験室の薬瓶を思わせる、ミニマリストかつ実用的な美学を体現するシリンダー型(円筒形)です。紫外線を遮断して天然成分の品質を維持するアンバー(深い琥珀色)のガラスボトルに、黒いアルミ製のキャップを備えています。正面ラベルは白やクリーム色の背景に黒文字のタイポグラフィのみというノンフローラルな外観で、外箱には持続可能な再生紙が使用されています。「機能的で、謙虚で、環境への影響を最小限に抑えなければならない」というブランド哲学がそのまま形になっており、洗面台やデスクに置くだけで知的な空間を演出します。
現在、世界各国のイソップ公式ストアにおいて長期的な在庫切れ状態が続いており、二次流通市場でも入手が困難な希少フレグランスとして認識されつつあります。公式な廃盤の発表はありませんが、もし店頭で見かけることがあれば、それは非常に貴重な出会いと言えるでしょう。
実際の使用感・シーン・評判
エレミアが最も輝く季節は、春と秋です。新緑の生命感や秋雨の湿り気が、香りのテーマと完全に一致するためです。特に湿度が高い「梅雨時期」や「夏の雨の日」は、ペトリコール(雨上がりの匂い)のニュアンスが最も美しく立ち上がります。逆に、真夏の炎天下や冬の乾燥した空気では香りのバランスが崩れたり、広がりが弱まったりする傾向があります。
使用シーンとしては、オフィスや職場、図書館、カフェでの読書、ヨガなど、内省的で静かなソロ・アクティビティに最適です。拡散性は控えめで、「オーラセント」と呼ばれる肌に近く留まる親密な香り方をするため、周囲を過剰に邪魔しません。華やかなパーティーやロマンティックなデートには不向きですが、ミニマルでナチュラルなファッションや、上質なニット、リネンのシャツには完璧に調和します。
パフォーマンスについては、肌の上では比較的早く(30分〜2時間程度)薄れるという声が多いものの、衣服やムエットの上では数時間長く持続します。肌の熱では揮発が早いため、衣服への軽いスプレーや、他のイソップ製品との重ね付けを楽しむユーザーも多く見られます。
また、時間帯としては静かな朝のコーヒータイムのほか、就寝前の「寝香水」として非常に高い評価を得ています。「枕にプッシュするとぐっすり寝られる」「穏やかな森林が広がる」といったリラックス効果を挙げる声が多くあります。独特の土っぽさや苦みがあるため、ハーブや薬草のような香りに感じる人もおり、好みがはっきりと分かれる個性的な香りですが、だからこそ深く愛される一本となっています。


