アビサエ

ラルチザン パフューム「アビサエ」は、ユーカリ、ダマスクローズ、カシュメランで深海の静けさを描く香りです。冷たい空気、淡い花、沈む木質が層になり、暗い水の中に光が差すような余韻があります。

#121 · 2025-09-17

L'Artisan Parfumeur / Abyssae

香水の基本情報と第一印象

L'Artisan Parfumeur(ラルチザン パフューム)のAbyssae(アビサエ)は、2022年にLa Botanique(ラ ボタニック)から登場したオードパルファムです。調香はDaphné Bugey(ダフネ ブジェ)。香調はアロマティックウッディで、核になるのはユーカリ、ダマスクローズ、カシュメランです。

第一印象は、冷たいユーカリの息です。ただし、ミントのように明るく弾ける清涼感ではありません。もっと暗く、静かで、薬草的。そこにローズがすぐ甘く咲くのではなく、深い水の中でゆっくり輪郭を見せます。今回の興味喚起フレーズは、ユーカリとローズが沈む深海の静けさ。水っぽいマリンではなく、冷たいハーブ、淡い花、柔らかな木質で深海を表現する香りです。

調香師・ブランドの背景と制作秘話

ラルチザン パフュームは、1976年にJean Laporte(ジャン ラポルト)が創業したフランスのニッチフレグランスブランドです。ラ ボタニックは、夜に目覚める幻想的な自然を描くコレクションで、黒いボトルと植物図譜のようなビジュアルが特徴です。

アビサエの名前は、深海や底知れぬ深みのイメージと結びついています。ダフネ ブジェは、ポルトガルのユーカリの森と深海の静けさを重ね、この香りに落とし込んだとされます。33回の試作でバランスに到達したという小話もあり、アビサエ33という呼び方やボトル上の数字と結びつけて語られます。視覚面では、Katie Scott(ケイティ スコット)の植物画的なアートが、深海の楽園という世界観を補強しています。

香りの詳細分析

トップでは、Eucalyptus(ユーカリ)が立ち上がります。鼻に抜ける青さはありますが、スースーしすぎません。冷えた水、暗い森、薬草の葉を思わせる、静かな清涼感です。ここで香りは、海辺ではなく、光の届かない水中へ入っていきます。

ミドルでは、Damask Rose(ダマスクローズ)が見えてきます。このローズは、赤く華やかに咲くタイプではありません。ユーカリの冷気と木質の中で、丸く、少し湿った花として出ます。フローラルが苦手な人でも受け取りやすい、露骨ではないローズです。深海の底で、色だけが静かに浮かぶような印象があります。

ベースでは、Cashmeran(カシュメラン)が残ります。ウッディでムスキー、少し布の繊維のように柔らかい質感です。資料によってはカシミアウッド、シダー、ムスク、バニラのニュアンスも語られますが、中心にあるのは、ローズを包む温かな木質の膜です。ラストは大きく拡散するより、肌の近くで沈み、冷たさを少しだけ温めます。

他の香水との比較・ポジショニング

同じラ ボタニックのTenebrae(テネブラエ)と比べると、アビサエは樹脂やインセンスの暗さより、ユーカリの冷気とローズの淡い花感があります。テネブラエが深い森の影なら、アビサエは暗い海底にある植物園です。

第109回で扱ったLe Labo(ル ラボ)のThé Noir 29(テ ノワール トゥエンティナイン)と比べると、黒茶と木質の奥行きは少し連想されます。ただし、アビサエには紅茶の渋みより、ユーカリの青い冷たさとローズの丸みがあります。テ ノワール29が黒い茶葉なら、アビサエは青い水の中に沈む花です。

Hermès(エルメス)のUn Jardin en Méditerranée(地中海の庭)やDiptyque(ディプティック)のPhilosykos(フィロシコス)と比較すると、フィグやグリーンの連想はあります。ただし、アビサエは果樹園の明るさではなく、もっと暗く、抽象的です。甘い果実より、冷たい植物と柔らかな木質が主役です。

購入ガイド・価格・おすすめ度

日本の参考価格では75mL 40,480円という記録があります。価格は改定されるため、購入時は公式または正規取扱店で確認してください。ラ ボタニックのボトルは、黒いガラスに金の線画が入る美しいデザインで、香りだけでなくオブジェとしての満足感もあります。

おすすめしやすいのは、ユーカリ、ローズ、カシュメラン、甘すぎないフローラル、静かなウッディが好きな人です。逆に、強い甘さ、明るいローズ、はっきりしたマリン、強い拡散を求める人には物足りないかもしれません。ユーカリの薬草感が苦手な人も、肌で試した方が安全です。

試香する時は、トップのユーカリだけで判断しない方がいい香りです。少し時間が経つとローズが丸くなり、最後はカシュメランの木質が肌に残ります。ムエットでは冷たく感じても、肌では思ったより柔らかくなることがあります。職場や寝香水にも使いやすい声量ですが、最初は少量からが合います。

実際の使用感・シーン・評判

似合うのは、春夏の夜、秋冬の室内、読書、ギャラリー、静かなオフィス、移動中、寝香水です。香りで場を支配するタイプではなく、自分の周囲に低い温度の膜を作るタイプ。黒、ネイビー、グレー、白いシャツのような服に合わせると、香りの静けさが出やすいです。

評判では、神秘的、落ち着く、ユーカリが心地よい、ローズが甘すぎない、ボトルが美しい、オールシーズン使えるという声があります。一方で、ユーカリが薬草的すぎる、甘さが少ない、少し素っ気ない、拡散や持続が控えめという意見もあります。強い香りを求める人より、静かに気分を整えたい人に向く香水です。

アビサエの魅力は、深海を塩や水で説明しないところです。ユーカリの冷気、ローズの淡い輪郭、カシュメランの柔らかな木質。海底に本当に花が咲いているわけではないのに、そういう景色を想像させます。ユーカリとローズが沈む深海の静けさが、この香りの記憶に残る部分です。

香水・ブランド・調香師