アイ アム トラッシュ
エタ リーブル ド オランジェ「アイ アム トラッシュ」は、廃棄素材の再利用という挑発的な発想から、青リンゴやローズ、木質の清潔感を立ち上げる香りです。名前の過激さに反して、肌では瑞々しく明るい生命力が前に出ます。
#289 · 2026-03-04
香水の基本情報と第一印象
第289回にご紹介するのは、エタ リーブル ド オランジェ(Etat Libre d'Orange)の「アイ アム トラッシュ(Les Fleurs du Déchet - I Am Trash)」です。
この香水は、通常であれば廃棄される運命にあった果実や花から抽出された「アップサイクル香料」を主役に据えた、フルーティー・フローラル・ウッディの香りです。「私はゴミ」という過激な名前と「廃棄物の花」というサブタイトルから、攻撃的で難解な香りを想像する方が多いかもしれません。
しかし、実際に肌に乗せてみるとその印象は鮮やかに裏切られます。中身は生命力と陽光に満ちた瑞々しい青リンゴと、高級シャンプーを思わせる圧倒的な清潔感の塊なのです。この名前と香りとの強烈なギャップこそが、本作の最大の魅力となっています。
調香師・ブランドの背景と制作秘話
エタ リーブル ド オランジェは、2006年にエチエンヌ・ドゥ・スワールが設立したブランドです。彼の故郷である南アフリカの歴史的な独立国「オレンジ自由国」に由来するブランド名は、「調香師への完全な自由の付与」を象徴しています。「香水は死んだ、香水万歳」という哲学を掲げ、常識を逸脱し、規則を破るための香水作りを行ってきました。
本作の調香を担当したのは、巨匠ダニエラ・アンドリエです。パリのソルボンヌ大学で哲学を学んだのち香水業界へ進んだ彼女は、自然の素材感を活かした透明感のある調香をシグネチャースタイルとしています。彼女は「すでに使われた要素が持つ美しさに敬意を表したかった」と語り、最新のアップサイクル香料を見事にまとめ上げました。
インスピレーションの起点は、広告代理店Ogilvy Parisからの「廃棄物から香水を作れないか?」という提案でした。香水業界が毎年排出する大量の廃棄物問題に対するアンチテーゼとして、香料会社Givaudanのアップサイクル技術を活用。通常は動物の餌や燃料として捨てられる搾りかすから「二度目の抽出」を行うことで、命を吹き返した香料が使われています。
香りの詳細分析
公式の香調分類はフルーティー、フローラル、ウッディ。一言で表すなら「天上の雲間から降り注ぐ光。ゴミ山の頂上に屹立する、気高く神々しい一輪の花」です。再生された果実のニュアンスと、圧倒的な清潔感が全体を包み込みます。
スプレーした直後のトップノートでは、ジュース製造過程で出たリンゴの搾りかすから抽出されたアップルエッセンス、ビターオレンジ、グリーンタンジェリンが弾けます。ビターオレンジの苦味と酸味が青リンゴのジューシーな甘さと交わり、ピリッとしたストロベリーと混ざり合って広がります。少し傷もあり、風に当たって熟した「風落ちリンゴ」のような極めて写実的なリアリティが感じられます。
15分ほど経過すると、一度蒸留されたバラの花びらを再度処理したネオアブソリュートや、Iso E Super、ガリゲット苺のミドルノートへと移行します。クリーミーでありながら少し土っぽさを含むニュアンスのある甘さが顔を出し、花びらを散らし始めたバラが放つ最後の香りのように、徐々に肌の匂いと同化していきます。
2時間以降のラストノートでは、乾いたシダーの木屑とクリーミーなウッディ感が融合したクリーンなムスクの質感が肌に残ります。アップサイクルされたアトラスシダーウッド、Sandalore、Akigalawoodが、木製のテーブルの上でリンゴを刻んだ記憶を呼び起こすかのような清潔感をもたらします。トップの野性味あるリンゴが、高級なスキンケアアイテムのように肌と一体化していく穏やかなピラミッド型の移行が、透明感のあるミステリアスな落ち着きを感じさせます。
他の香水との比較・ポジショニング
リンゴを主役にしたフレッシュな香水として、DKNYの「ビー デリシャス」が挙げられますが、ビー デリシャスがシンプルで直線的な爽快感を持つのに対し、アイ アム トラッシュはストロベリーやローズ、ウッディノートが加わることで、複雑で奥行きのある大人のための果実感を表現しています。
また、フルーツを主役に据えたByredoの「パルプ」と比較すると、パルプが濃厚で熟しきった果肉の混沌としたエネルギーを放つのに対し、アイ アム トラッシュは軽やかでクリスピーなリンゴを中心に、透明感と清らかな美しさに焦点を当てています。
さらに、Glossierの「You」のようなスキンセントと比較しても、アイ アム トラッシュはケミカルな骨格の中にジューシーな果実味とサボン調の清潔感が明確に息づいています。個性的なコンセプトに惹かれつつも、日常で気兼ねなく使える知的でクリーンな香りを求める方に最適です。
購入ガイド・価格・おすすめ度
アイ アム トラッシュは、賦香率14%の「オードパルファム」として発売以来安定して供給されています。香りの立ち上がりは非常に穏やかなため、まずはご自身の肌に乗せて体温とどのように溶け合うかを確認するのがおすすめです。
近年では、同ブランドのもう一つの大人気作「ユー オア サムワン ライク ユー」との30mLボトル2本セット「You & I Are Trash Duo」という形でも展開され、より手に取りやすいパッケージも用意されています。香水業界の大量廃棄へのアンチテーゼとして生まれながら、「香水界のメリー・ポピンズ」と絶賛されるほど完璧なバランスを持った傑作であり、日常使いできる香りを探している方に強くおすすめできる作品です。
実際の使用感・シーン・評判
明るくジューシーな青リンゴと軽やかなウッディは春と夏に最適ですが、ドライな木のニュアンスが秋の果樹園を思わせるため、通年でも心地よく使うことができます。
拡散性が穏やかでシャンプーを思わせる清潔感があるため、オフィスや学校、カジュアルな外出など、対人距離が近くても好印象を与えやすいのが特徴です。最初の1時間は適度に香りますが、すぐにスキンフレグランスのように肌に寄り添い、2時間から4時間程度で消えていく儚い持続力を持っています。衣服に吹きかけることで少し長持ちさせることができます。
この香水のプロモーションは、香水界の歴史に残る伝説的なキャンペーンとなりました。本物のリンゴやイチゴが腐敗していく様子を撮影した生々しい映像は、カンヌライオンズで見事ブロンズ賞を受賞しています。さらに、世界的ポップアイコンであるビリー・アイリッシュが愛用している香水として紹介したことで若者たちの間でバズを引き起こすなど、その背景にある深いストーリーと美しい香りのギャップが、多くの人々を魅了し続けています。


