べ 19

ル ラボ「べ 19」は、雨が乾いた地面に落ちたときのペトリコールを、ジュニパー、パチョリ、オゾンのような湿度で表現する香りです。華やかさよりも雨上がりの静寂が中心で、内側へ沈む時間に似合うコンセプチュアルな一本です。

#185 · 2025-11-20

Le Labo / Baie 19

香水の基本情報と第一印象

LE LABO(ル ラボ)が手掛ける「BAIE 19(べ 19)」は、長い日照りが続いた後に大地を濡らす、あの印象的な雨の匂い「ペトリコール」をテーマにしたコンセプチュアルな香りです。2019年に発売されたこの作品は、華やかなフローラルや甘さを削ぎ落とし、純粋な自然現象の息吹をそのままボトルに閉じ込めたような異彩を放っています。

興味深いことに、本作は開発段階では「Water 19(ウォーター 19)」という名前で呼ばれる予定だったという逸話があります。しかし、ブランドが目指したのは単なる無機質な水の匂いではありませんでした。水そのものには香りがありませんが、水が乾いた土や植物に触れた瞬間に立ち上がる、鮮烈でウェットな「魔法のような効果」を表現することに重きが置かれたのです。

調香師・ブランドの背景と制作秘話

この独創的な香りを調香したのは、フィルメニッヒ社のシニア/プリンシパルパフューマーであるフランク・フォルクルです。ドイツで生まれ、幼少期をオランダで過ごし、思春期にパリへ移住した彼は、香水の都で母が纏う香りを当てる遊びを通して嗅覚を磨いてきました。名門香水学校ISIPCAで伝説の調香師エドモン・ルドニツカに師事した経歴も持ちます。BAIE 19のインスピレーションの原点には、フォルクル自身がドイツの叔父の農場で体験した、雨の日の鮮烈な記憶が息づいています。

香りの詳細分析

公式にはウッディ・アロマティック、あるいはアロマティック・グリーンに分類されるBAIE 19ですが、その真髄は「長い干ばつの後の雨、その魔法のような感覚」という一言に集約されます。劇的な変化を遂げるのではなく、ペトリコールというひとつのテーマが、雨の激しさから雨上がりの静寂へと緩やかに姿を変えていくリニア型(直線的)の構造を持っています。

スプレーした直後のトップノートは、ドライ・ジュニパーベリー、グリーンリーフ、カンファー、オゾニックノートが弾けます。それはまさに、雷雨が来る直前の気圧の変化を感じさせるような電気的な清涼感です。クリスプでドライ、そしてシャープな冷気が立ち上がり、乾き切った大地に落ちる最初の雨粒を思わせる鮮烈な空気が広がります。無臭のはずの水を、ここまで鋭く透明に描き出すアプローチに驚かされます。

15分ほど経過しミドルノートに入ると、香りは徐々にクリーンで透明感のある湿潤なアーシー(土っぽい)さへと変化します。ここで主役となるのが、パチョリとペトリコールアコード、そしてケードです。初期の鋭い清涼感が和らぎ、多孔質のレンガや靴で踏みつけられた苔に水が染み込んでいくような、深く静かな空間へと移行します。自然界のリアルな土の匂いそのものではなく、あくまで洗練されたファインフレグランスとしての透明感を保っているのが見事です。

他の香水との比較・ポジショニング

「雨」や「自然」をテーマにした香水はいくつか存在しますが、BAIE 19のアプローチはそれらと明確に異なります。

例えば、ディメーター・フレグランス・ライブラリーの「Petrichor」は、同じく雨の降り始めをテーマにしていますが、よりリアルな土の匂いや素朴なドキュメンタリー的表現に特化しています。瞬間的な写実性を楽しみたい場合にはディメーターが向いていますが、アンブロクサンなどを用いて長時間持続する複雑な香水として昇華されている点にBAIE 19の個性があります。

購入ガイド・価格・おすすめ度

BAIE 19は、2019年の発売以来、オードパルファム(EDP)の単一濃度でのみ展開されています。ブランドが意図した完璧なバランスがこの濃度に込められており、他のバージョンは存在しません。ただし、自然由来の成分を多く含むため、愛好家の間では製造ロットによって香りの立ち上がりに微細な個体差を感じるという声もあります。

実際の使用感・シーン・評判

この香水が最も輝くのは、春から夏の雨の日、あるいは梅雨時、そして秋の季節です。ペトリコールのコンセプトが空気中の水分とシンクロし、香りのポテンシャルが最大限に引き出されます。逆に、乾燥しきった真冬や猛暑日には、このウェットな魅力が伝わりにくいかもしれません。

オフィスやアウトドアでの自然散策、一人での読書や美術館での時間など、主張を抑えて静かに過ごしたいシーンに最適です。周囲に強く香る拡散性(プロジェクション)は控えめですが、持続力(シラージュ)は極めて高く、自分自身のためだけに長く香り続けてくれます。

Baie 19は、雨上がりの空気を香水として読むような作品です。ジュニパーの冷たさ、パチョリの湿った土、アンブロキサンの鉱物感が重なり、花や果実の甘さではなく、空気そのものの質感を見せます。華やかさよりも、湿度や静けさをまといたい人に向いています。

使いどころとしては、晴れた日の華やかさより、雨の日や静かな室内に合います。香水らしい甘さを期待すると意外に感じますが、湿った土、冷たい空気、鉱物的な透明感を楽しみたい人には非常に個性的です。少量でも雰囲気が出るので、近距離で静かにまといたい日に向いています。

湿った空気を表現する香りなので、華やかさよりも質感を楽しむ一本です。雨の日の外出や、静かな服装に合わせると個性が出ます。

甘さや花の華やかさは控えめなので、香水にわかりやすい色気を求める人には地味に感じられるかもしれません。ただ、雨上がりの空気や濡れた石のような静かな質感を求める人には、他に代えにくい個性があります。

少し時間を置くと、湿った土と透明な空気の差が見えてきます。

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